氏 名
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中野 清香
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所 属 |
戦友会員
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掲 載 日 |
令和04年01月31日
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表 題
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2.靖国神社と、その由来、護国神社について |
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本 文
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靖国神社について 靖国神社については「憲法の政教分離の規定に反している」として内閣総理大臣の靖国神社参拝をめぐり、損害賠償を求める訴訟が各地の地方裁判所で起こっており、また中国や韓国の「A級戦犯合祀反対」の圧力による政治問題により、A級戦犯即ち東条元総理ら十四柱の昭和殉難者の分祀の問題や、靖国神社に代わる国立追悼施設を建設するという構想までもちあがっている。 総理大臣の靖国神社参拝については、中曽根首相が中国の圧力に屈して参拝を中止して以来、16年間にわたり総理の参拝は無かったが、平成13年8月13日の小泉純一郎総理の参拝によって16年振りに総理の参拝が実現した。しかし中国や韓国の内政干渉ともいえる圧力は絶えず、政府が「戦没者を追悼して平和を祈念する日」と定めた8月15日の参拝が中断しているのは誠に遺憾であり、国難に殉じた英霊に対して誠に申し訳ないことである。 「中心となるのは英霊であって、国や宗教のメンツが優先してはいけない。靖国神 社の問題でも、そこを考えたいところである」天台座主 山田恵諦(日経新聞) 靖国神社の由来 明治維新に当たって、国事に奔走して殉死した志士や、戊辰戦争などで戦死した人々を含めて、明治2年6月、明治天皇の御内意を受けて、大村益次郎などが九段坂の上に創建して、東京招魂祉と称したのが始まりである。これを同12年に靖国神社と改称して、別格官幣社となった。西南の役、日清日露の大戦をはじめ北清事変、第1次世界大戦、満州、支那事変、大東亜戦争に至るまでに戦没した英霊を祀っている。 護国神社について 護国神社は戦没者などの霊を祭った神社で、神奈川県を除く各都道府県に少なくとも一か所、全国に計五十二社がある。明治維新前後につくられたものが多く、靖国神社(東京)の地方分祉として位置づけられた。第2次世界大戦後は独立の宗教法人として一部を除き神社本庁に所属している。組織的には靖国神社と分かれたが、全国護国神社会の事務局が靖国神社にあるなど、関係の探さは変わっていない。毎年の例大祭の呼び方や実施時期などは神社によって適うが、各神社は「祭神に由緒が深く、最も大切な日として靖国神社の例祭に合わせて行うことが多い。 |